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18/07/31ベルギーリーグへ移籍。遠藤航が目指すもの

(写真:Getty Images)
 長年の願いがかなった。その表情は晴れ晴れとして豊か、また“悲願の海外移籍”と言える思いも隠されていた。
 早生まれも奏功してか、遠藤航は各年代の代表を先頭で引っ張ってきた。湘南ユースという、トップ・オブ・トップとは言えないチームにあって才能は突出しており、高校年代からトップチームの試合にも出場。“湘南の若大将”は19歳で主将に就任して、二度のJ1昇格に寄与もした。リオ五輪代表の主将としてもその世代を引っ張り、日本代表選出にまでつなげている。そして三顧の礼で迎えられた浦和では、ACL優勝などのタイトル獲得に貢献し、さらにはW杯日本代表にも選出。実に順調な彼の成長曲線に映る。ただそれは決して曲線などではなく、いつも目前にあった壁を乗り越えて一つずつ上り詰めた、困難な登山に近いように見えた。
 横浜FMジュニアユースへの落選、U-20W杯予選敗退、湘南での二度のJ2降格、リオ五輪でのGS敗退、浦和でのリーグ優勝逸…。壁を数え上げればキリがない。崖から突き落とされるような経験からはい上がり、そして自ら設定した目標を達成してきたからこそ、いまの遠藤がある。浦和でコーチを務める池田伸康氏は、遠藤のことを「練習での意識も高い。彼が聞いてくるまではサッカーの話はしないし、『こうしておけばいい』というようなアドバイスをしたこともない。彼のように目標をもって、『次何をやるのか』を考えられる人は強い」と評した。
 遠藤の前には、常に目標があり、達成のために何をすべきかを考えられる。池田コーチは続けた。「W杯から戻ってきて、悔しそうな顔と、やってやろうという顔、そのどちらも見えた。彼に聞いたら、『早くサッカーをやりたい』と言っていた」。遠藤はロシアから帰国するとすぐ、浦和のクラブハウスでトレーニングを始めた。誰に言われることもなく。
 そして舞い込んだシント・トロイデンからのオファー。幸いにして、浦和には阿部、李、槙野、長澤といった海外移籍を経験した日本人選手が多かった。相談を受けた、歳が近く仲のいい長澤は伝えた。「海外移籍は必要だと、自分も2年(ドイツに)いって痛感した。体の強い相手に対してどう守備をするか。それは時間をかけないと順応しない」。W杯をベンチから見て、「世界との差を感じた」とした遠藤は、それら数々のアドバイスを受け、およそ決まっていた判断を確かなものとした。
 今回の移籍を、遠藤の言葉を借りて「W杯にいったけれど出られなかった悔しさ。これからどう成長していけばW杯に出られるか、いろいろなことを考えさせられた」から決めた移籍、と短絡的には表現したくない。ユース年代から苦楽をともにしてきた菊池は「出会ったころから海外にいきたいと言っていた」と述懐する。ずっと願ってきた思い、乗り越えてきた壁の数々。そして次のW杯に向けた決意。遠藤は新たな目標を胸に刻み、日本をあとにした。
 ベルギーリーグは28日に開幕。開幕戦ではベンチに入らなかったが、ボランチ・遠藤としていま、出場機会をうかがっている。 
文・田中 直希
 

 

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