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18/04/11【日本代表 コラム】電撃解任の背景。ハリルホジッチ監督就任の経緯と“境遇の変化”

(写真:Getty Images)

 ハリルホジッチ監督は、15年2月に“八百長疑惑”の余波を受けて契約解除となったアギーレ監督の後任として、同年3月に日本代表監督に就任した。

 ブラジルW杯後の代表監督選考にあたって、技術委員会はいくつかの「基準」を作っていた。主な「基準」は「①W杯で監督経験のある人物」、「②ユーロや欧州CLなど国際舞台で指揮を執った監督」、「③国内リーグやカップ戦でのタイトル獲得経験」といったもの。

 その基準に該当するハリルホジッチ監督は、14年ブラジルW杯で世界的な強豪とは言えないアルジェリアをベスト16に導いた手腕もさることながら、相手のストロングポイントを消し、ウィークポイントを突いていく戦い方が、同大会で惨敗した日本に足りないものをもたらしてくれると当時の大仁邦彌会長や霜田正浩技術委員長(現・山口監督)が判断したことで、招聘に至った。

 ハリルホジッチ監督は、ブラジルW杯や監督就任直前のアジアカップでの日本(準々決勝敗退)のパフォーマンスを分析し、縦を狙う意識やデュエル(1対1)のベースアップをこのチームの課題に挙げた。その課題への取り組みを押し進めたことが、アジア予選での日本の戦いをかえって難しくしたという見方もある。“格下”と呼ばれる相手にも中盤であまりタメを作らず、縦にボールを入れることを選択したためだ。ただし、豪州戦やホームのサウジアラビア戦など、チーム力が接近した相手に対しては狙いがハマった試合もあった。それを拠り所に、本大会への期待感を抱く声もあった。

 一方で、指揮官を取り巻く境遇も就任当初から変化していた。16年3月の田嶋幸三JFA会長の就任にともない、技術委員会が再編され、西野朗氏が技術委員長に就任。霜田氏は“ナショナルチームディレクター”に肩書を変えて代表チームに帯同したが、同年11月に退任した。就任当初からのサポート体制が変化する中で、最終予選の終盤戦を戦い、さらに本大会に向かうという状況にあった。

文・河治 良幸

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