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18/02/08長友佑都の決断。トルコでも待ち受ける強烈なプレッシャー

(写真:Getty Images)

 1月31日、ガラタサライへの期限付き移籍が発表された長友佑都。単に出場機会を求めてのそれではない。即戦力として、結果だけが求められる場所で戦うことを選んだのは、W杯イヤーゆえの重要な“決断”だ。

限界を越えてきた男

 長友佑都の、インテルにおける7年間は濃密だった。

 南アフリカW杯後に移籍したチェゼーナでも、持ち前のスピードと運動量はサッカー関係者の間の評判となっていた。しかし、その半年後に加入したビッグクラブでは、はるか上のレベルを求められた。サン・シーロの圧力はホームの選手にとっても強烈で、凡ミスにはブーイングが飛ぶ。攻撃では高い精度を求められ、守備で失点に絡もうものならメディアから人殺しも同然に叩かれる。だが、そのプレッシャーと己自身に向き合い、限界を越えようと挑んだ結果、プレーの幅は劇的に拡がった。左足の精度を上げ、1対1の突破にも果敢にチャレンジ。ルチアーノ・スパレッティ監督の薫陶を受けた今季の前半戦は、課題とされたラインディフェンスへの順応や組み立てでも成長を見せた。

 もっとも、チームにはSBが5人とあふれ返り、先発を死守することは難しい。一時期は定位置を確保していたが、徐々にベンチへと回され、出場機会を刻むことすら大変になってきた。

 競争相手のプレーも芳しくなく、スパレッティが長友の序列を落としたことには納得のいかない部分もあるのだが、ロシアW杯を見据える上ではやはり出場機会が大事になる。献身的な姿勢に一目を置くインテリスタに惜しまれつつ、ハビエル・サネッティ副会長らの勧めを受けて長友はトルコへ舞台を移した。

待ち受けるプレッシャー

 新しいチームは、トルコ・シュペルリグの名門ガラタサライだ。リーグ優勝19度、トルコ勢としては初めてとなるUEFAカップ(現・EL)の優勝経験もある。

 現在のチームはモロッコ代表の司令塔MFユネス・ベランダを軸に攻撃を組み立て、元フランス代表のFWバフェティンビ・ゴミスに点を取らせる。今シーズンはやや出遅れたものの、昨年12月からはトルコ代表監督を務めていたファティ・テリム監督が就任。現在は2位まで盛り返し、20度目の優勝を目指している。

 今回長友は、そのテリム監督からのラブコールを受けてトルコ行きを決断したと言われているが、彼はまさに左SBを熱望していた。今季に新加入したヤスミン・ラトブレビチは期待されながらも満足な貢献ができず、一方でバックアップもいないため、ほかのポジションの選手を左SBにコンバートせざるを得ない状況だったのだ。今季のインテルとは違い、こちらは人材不足だ。移籍して練習に加入してからの2日後、4日のシバススポル戦で早速90分間使われたことも、チーム事情をよく表している。

 ただ当然、定位置を確保するだけでは不十分。勝利を要求するサポーターは、やはり即戦力に結果を求める。シバススポル戦後のSNS上の反応では「ファウルが無駄に多い」「左足が使えないのか?」「普通の選手じゃないか」という厳しい反応も見られた。要求されるレベルは高い。

 実はガラタサライは、昨夏にユベントスから左SBのできるアサモアの獲得に乗り出していた経緯がある。ユベントスに拒否されて移籍は実現しなかったのだが、だからこそ期待値を下回るプレーは許されない立場なのだ。

 長友がこれまで代表の中心選手たり得たのは、欧州のビッグクラブの厳しい生存競争に身を置き続けたからだ。そしてガラタサライに移っても、強豪ゆえのプレッシャーに変わりはないはず。ゆえにラクなところに身を置かなかったことは、W杯イヤーゆえの重要な決断なのだ。

文・神尾 光臣

長友 佑都(ながとも・ゆうと)
1986年9月12日生まれ、31歳。愛媛県出身。170cm/68kg。

西条北中→東福岡高→明治大→FC東京→チェゼーナ→インテル(以上イタリア)を経て、1月31日、トルコ1部・ガラタサライへの期限付き移籍が発表された。移籍期間は18年6月30日まで。J1通算72試合出場5得点。インテル通算210試合出場11得点。日本代表。国際Aマッチ101試合出場3得点。

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